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2012年5月 1日 (火)

川崎市議会議員・オダリエさんと全国の議員さんへ『「先生と呼ばれるほどの馬鹿じゃなし」って言葉をしらない?』

大学4年生で研究室への所属も希望通りになって、室内での机も決まり、卒業研究へ向けて毎日通い始めた頃であった。同4年生の友人と共にインスタントコーヒーを入れている時、ちょうど指導教官の“○○助教授”も来て雑談となった。

話題は忘れたし、どちらが言ったのかも忘れたが…「○○先生」と言った時に、
「この部屋の人たちは「○○先生」って呼ばないんですよね」
「えっ、何て呼ぶんですか?」
「○○さんって呼んでますよ」、続けて

「君たち、 『先生と呼ばれるほどの馬鹿じゃなし』って言葉をしらない?」

「これも普通のひとが作ったんだと思いますね」
「うちは商売をやっていたから、こういうの良く知ってんですよ」

筆者の知りあった小学校から議会に至る“諸先生”のなかで、この言葉を使った方は、他にはおられない。諸先生はこの言葉をご存知で、オダリエさんのように違和感を持ちながら世間体にお付き合いをされているのだろう、と単純には考えられる。

しかし、庶民の世界だけに流通する反語的精神に基づく言葉のようにも思えるし、○○さんの仲間内で作られたのかも知れないとも考えている。

○○さんのご実家はおすしやさんで、あとを嗣ぐために、高校卒業後は他の店で腕を磨くことになっていた。しかし、同じ高校で大学を受ける人たちが自分よりも成績が下なので、それならと考えて受験した、という変わり種の方である。今思い返して、なるほどと思う。

以上の懐かしく、しかし、インパクトが強かった故に鮮明に覚えていた話を思い起こさせてくれたのは、小田理恵子議員の漫画ブログ「とある市議の日常」
http://odarie2.seesaa.net/
での4/28-4/30に描かれた『先生と呼ばないで1~3』であった。
オダリエさんに深謝!

オダさんは「議会と行政の関係」について感想を述べているのだが、生産的な関係としては描かれていない。それはどちらか一方だけに責があるものではく、相手を変えるには、まず自分が変わらなければ始まらないと考えておられる。

しかし、議員同士で先生と呼び合っている場面に遭遇すると「議会の閉鎖性・内部の馴れ合い」を感じさせることも確かである。更に、議事録のなかに、例えば平成23年度分で読んだなか、確か4箇所程度、議員を「先生」と呼んでいた場面があったと記憶している。こんな処を見出すと、その議員の体の中に「先生」が埋め込まれた言葉になってしまっていると感じる。

取りあえず、少なくても議員間では、お互いに「先生と呼ばないで」から「先生と呼ばせないぞ」へ進めてはどうだろうか。そうすれば、職員の方たちも議員の先生たちを見習って、先生とは呼ばずに済ますようになるのではないだろうか。

ところで、この提案は「議会改革」の一つなのでしょうか?

      

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